月は綺麗だね
ぼやけた光に、人は夫々の今日を映しだすのかな

優しく包みこまれるような幸福に浸りながら
ベッドに身を滑らす人もいれば
冷たい灯りに体の芯までも凍りつく気持に
涙して膝を抱え夜を過ごす人も

でもね、月に言わせてみると
きっと地球は、嫉妬してしまうほど
美しくて麗しい星だろう
水、緑、空気、そして生き物の全て

僕らが生まれるずっとずっと前から
美を織り成す人の歴史が
途絶えることを知らないのは
生そのものに完全な美しさが息づいているからだと
僕は思う
美しい星のワンピースの運命

欲しくて、どうしても手にできないと嘆くものを
他のだれかが簡単に手にしたとしても
それが君の輝きを消す理由にはならない
逆に簡単に手に入れたとしても
生という美の完全さを越えることなんてできない
眩ゆさに違いがあるとすれば
それに気づいているかいないかだけなのかもしれない

目に写るものはわかりやすい
でもそれ以上の価値を見出せるものは
そう多くはないだろう

求める人生が遠くに逃げてしまいそうで
あきらめそうになった時は
今日の君の中にも
この星の全ての人が、息を呑むダイヤモンド
それ以上の輝きがあったと知って

大丈夫

自分を愛せるなら
君の未来は 大丈夫


osyou


長い留守の間にも、アクセスくださっていた方々に

感謝感謝です。

実は以前、管理画面に入れず更新できない状態が続き

もうここで書けないかしらと放っていました。

昨日、読者登録がありましたという転送メールが届き

だめもとでやってみるかぁーと久々ポチッとしましたところ

すんなり入れましたという次第(笑


むぅー相変わらずブログ操作がよくわからない私です。


その御方のおかげで、新年のご挨拶ができました。

ありがとうございます(笑


今年1年、小さいハッピーを妄想で大きく膨らましながら

私らしく過ごしていきたいと思います。


目下のところ、例年の「餅太り症候群」に今年こそ打ち勝つのよ!

おぅ!!



目前の景色すらあやうげな道を
握り締めた枝を振りまわし 
生い茂る雑草を掻き分けながら 
歩いていたあの頃
突然現れた君に 心からの安らぎ
でも、同時に感じていた 初めての苛立ち


飲んでも、飲んでも
君が注ぐ水に

喉が満たされることはなかった
でも違う 今はわかる
僕が求めすぎていただけ 
君は惜しむことなく
注ぎ続けていたのに


どうしようもなく必要だった
だから僕は君の腕を掴み 
先を急ぐことにした
なにもなくて 
少しの不安はいつまでも二人に付きまとい


それでも僕は強くなれた気がした
君の悲しみを追い払えるのは 
幸せにできるのは
空を切るこの枝なんだよ

そう信じていたから

君も枝も失った後
随分の時が経ち、大人になった姿を自覚した
だけど時々、自分はどこへ行こうとするの 
未だにわからなくなる
 
色褪せた幻と息遣いの記憶
瞳を閉じると映る 確かに愛した人

君のことが
どうしようもなく 必要だった

qrt

君が何より大切なもの
それは 僕にとってもかけがえのない
だから きっと 君もそうだと思っていた

今 君の頬を伝った涙
もしかすると 温もりを失い
ただ冷たく輝く ガラス玉かも

薄暗い部屋で 二人
こんな時間を迎えるなんて
想像すらしなかった

開きかけた唇を 僕の手で抑える
留めを打つための剣は
振りかざす方だって 
同じくらい 深手を負うんだ


だから もういい
最後なら 精一杯の意地で
優しさをあげる


だから もういい
これ以上 君が傷つかなくても

 「俺は、この件の発端はその記事が原因じゃないかと思ってる」

言いながら煙草に火をつける遼平に、

 「今、きれいにしたばかりなのよ」と幸恵は眉をしかめた。

 「灰皿は、灰がないとただの皿や。そんなもんに意味はないやろ」

彼女のムッとした表情に動じることもなく、涼しい顔で一息白い煙を吐き

 「楠原聡子は、実は少々有名人やったんや」と話を戻した。

 「次男が事故に遭うまでに数回、ある雑誌に手記を綴っている。日常の中で感じる事柄のいわば日記のようなものだが、自閉症児を持つ家族とのネットワーク作りの会で積極的な活動をこなしている彼女自身もまた、自分の病と闘う身であるところに編集者が目をつけたんやろ。実際かなりの反響もあったらしい。同じ境遇を抱える人に勇気を与えるといってね。」

 「いいことだわ」

 「まあね。ただメディアというのは時折、華舞台に上げておきながらその一方では、そこから突き落とす穴を平気で掘る輩もいてる」

 「どういうこと?」

 「その記事を読めばわかるよ」

 窓の外の何もない空を見るともなく首を傾けている彼の、こめかみから頬にかけて走る影が

険しい顔つきに変えているのだろうか。それとも、既に自分だけが知り得ている何かが、まだ知らされていない私にも不穏な空気として伝わってくるのだろうか。

 幸恵は、開かれたページの見出しに再び視線を落とした。

紙面との釣り合いを無視した大きな文字は、まるで嘘や虚勢を隠し通す手段として、攻撃的に大声を張り上げ相手を威圧する人のように、品性を欠いている。


 記事内容の大筋はこうである。


 “息子や家族に対する愛情についての手記で賞賛されていた母親が、裏では頻繁な折檻を行い、そしてまた、兄も弟に対する同様な行為を繰り返していたらしい。立ち会った監察医と親しい人物からの情報で、複数の痣と火傷の不自然な外傷の痕跡が多数見つかったことが何よりの根拠である。また、水事故の現場における兄の行動も怪しく、偶然の不幸じゃないのではという目撃者を名乗る人物も浮上。今後警察は再調査を行うこともありえるだろう。”


 「事故前の手記と同雑誌ではなく顔写真も目の部分を隠しているが、それでも読んでいた人にはわかるだろう。読者からの非難や怒声の電話やFAXが一時はひっきりなしで、家族会は大層頭を痛めたそうだから、多分楠原家の自宅もそういう状況に陥ったと考えられる」

 遼平の言葉がよく聞き取れない。顔をあげたが、読むうちに溢れてきた涙が彼の姿を霞ませた。

 「こんな酷いこと。こんなことって」

 「一応、これを書いた記者も追っかけたが、所詮三文記事を飯の種にしていた奴さ。

今は歓楽街の専門誌で風俗嬢を相手に、体当たりレポートなんてふざけたものを書いてやがる」

 「嘘よ、全部嘘だわ」

 「ああ、裏の取れている情報なんて全くなかった、すなわち信憑性はゼロや。しかし問題は、不慮の事故で家族を亡くした一家に追い討ちをかけた、しかもそれが根も葉もない話と推測すると、負ったダメージは並のものじゃないだろうな。それから数年後に長男の失踪、そして夫に先立たれて今に至る…やな」

 遼平の語気が少し弱くなる。いつも少々ずけずけと感じるほど、はっきりと言う彼には珍しい態度で、それは一層幸恵の胸騒ぎを掻き立てた。

 「それで、信二君の行方は掴めたの?今どこにいるの、どうしているの。教えて」

身を乗り出して覗き込む幸恵の顔を正面から受けた彼の口が動く。

 「俺が調べた結果、恐らくは生きていない可能性が高い」

 頭の片隅に燻っては否定し続けていた結果が現実になる。

 瞬間、幸恵はこの空間やこれまでの時間、それは全部架空であるような錯覚を覚えた。

耳から浸入してきた声も、灰皿から立ち上る煙、聡子、遼平そして今ここにいる自分さえ、色も脈絡もない夢を見ているもう一人の自分が悪戯に描いてしまった物語なのではと思える。

だがすぐさま、それは突きつけられた現状から少しでも離れたいがための悲しい空想だと気付くのだった。

ee

腰掛けた切り株の年輪が


一本のリボンになり


身体に巻きつく


夜空は遥か彼方のよう


なのに あっという間


鼻先まで迫っていた


星がちらちらする


シャンブリーベルベット


私は 向こう側に行きたくて


空を切りつづける


そんな 泣きそうな指先を掴んだのは


君の手


ひとつに繋がり 少し長くなったから


玉虫色のカーテンを結ぶ


リボンになった


そして やっと

助走をつけて

思い切って 跳んだ

2人して 夜を越えるために

「夜、幾つかの色あざやかな光彩がそのまわりに林立するとき、川は実像から無数の生あるものを奪い取る黯い鏡と化してしまう。不信や倦怠や情欲や野心や、その他まといついているさまざまな夾雑物をくるりと剥いで、鏡はくらがりの底に簡略な、実際の色や形よりもはるかに美しい虚像を映し出してみせる。」


小説「道頓堀川」の最初の部分で、このように夜の道頓堀川を表現されている。

実際に橋からこの川を見下ろしたことがなくても、この一文から、流れる川に沿った夜の道頓堀一角の情景がほんのりと目に浮かぶようである。

そしてこれは川に対すると同時に、ここを舞台とする全ての登場人物が、実像と虚像の狭間に生きる人間達じゃないかと語られているように、読み進めていくうちに感じていった。

夜の帳の中に映し出される虚像の部分と相反した、ネオンの灯が消えた後の欲望の残骸が昨夜のゴミ袋の山となって、間隔を開けて積まれた通りを自分達の生活の場とする人々は共通しているように、どこかみな不安定なのだ。決して、自らこの場所を好んでいるわけではない。定住の地は他にあるはずだと。


邦彦は、、喫茶店「リバー」の手伝いをしながら下宿をする、来年卒業を控えた大学生。

卒業後の身の行く末が決まらないことに、苛立ちを感じ、それは時折やるせない言動や行動に走らせる。

彼にとって、この界隈から抜け出せないことは、将来が見えないことを意味するからだ。

身寄りがないという邦彦の孤独感に、ずかずかと足を踏み入れるような人は、ここにはいない。

リバーの店主である武内も、その息子の政夫、小料理屋のまち子姐さんやストリッパーのさとみ。

自分が背負ったものを降ろすことができないからこそ、相手の重みを語らずとも知ることができる類の人達の中、自分もそうだと気づきながら、いつかすっかり首までつかった自分を想像すると、たまらなく逃げ出したくなるのかもしれない。


昔、玉突きに没頭し、その道で名を馳せるほどになった武内はその頃、妻が行きすがりの画家とも占い師ともつかない男と、息子を連れて駆け落ちされた過去を持つ。数年後、帰った妻に対して、憤る感情をぶつけて蹴った腹が元で、先立たれたという悔恨の苦しみを抱えながら、そのころまだ小さかった息子が一時でも男と一緒に暮らしていたことに拭いきれない腹立たしさも胸に秘めて日々をやり過ごしている。

生前妻が買い求めた翡翠色の水差しを大切に店に飾る武内の目は優しい。例え妻がかつてそのギヤマンに見とれていたのは、共に逃げた男との愛河の色を瞳に投影させていたのだとしても。

不確かな未来にもがく青年と後悔の過去であるが、どこかそれに寄りすがる中年の男。

他の人物にしても、陽炎のように不規則で屈折した光ともいえる感情と行動が垣間見え、それは一見ふざけているようでも、ただ懸命に今を生き、そこから小さな幸福を見つけだそうとする姿に心が打たれる。

ともすれば、淫か陰になりそうな歓楽街という背景を用いているが、青年の目線を通すことによって、爽やかな風を物語全体に吹き抜けさせた宮本氏の感性に脱帽した。



この後、もしかするとこの本を読んでみようとされる方に悪いと思い、内容についてはあまり触れずにおくことにしました。ここから先に私のことがあるのですが、続きはまたまた次回に書かせていただきます。

長くなりすぎて、すみません。

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これは、ブックバトンのお返事と変えさせてもらいます。

なんとかこれでご勘弁を(笑

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iiiiiiiiiiiiiiiiii

作家、宮本 輝氏の作品「道頓堀川」を、先日また読み返していた。

初めて手にしたのは3年程前だったと思う。


「泥の川」「蛍川」に続く川三部作の最終章としての作品が「道頓堀川」である。

それぞれの作品の中に生きる登場人物の庶民的な生活の中に、

息づく躍動感を感じるのは私だけだろうか。

作者が描きだしているのは、決して意欲と夢と希望に満ち満ちた明るい土地ではなく、

むしろ高度成長をひた走る時代だった日本とは、川を隔てた向こう岸に存在する

殺伐とした風が常に吹きすさんでいるような一角であり、住人達である。

自分の身の上や、過去、そして明日。そのどこからも、地に根を張る生の力強さというより、

川の底で揺れる草のような危うさを感じてしまうのだ。

そこを安住の地としたくないならば、いっそ川の流れに身を任せていけば

いつかは広大な海へと辿りつくだろう。

だが人生とはそう簡単にはいかず、そしてそれが現実である。

だからこそ、人はたとえそれが投げやりたくなるものであっても、

その中に自分なりの幸福を見つけ出そうと模索し続けて生きていく。

作者が描き出す、人物の感情の起伏の表現力と情景描写の素晴らしさに助けられ、

想像を絶えさせることなく、読むことができた。

宮本氏の他の作品においても、得にこの技術に長けてらっしゃる点にいつも感心させられている。


ここで最初に戻るが、この作品を読み返したのには理由がある。

それは、一本の線となりつながっているはずの、私自身が歩んできた過去の隙間の、

どこにも当てはめることができない奇妙な記憶の点が、この作品を読んだ後、

頭の中に色濃く浮かび上がりだしたことから始まる。

それからずっと気にはなっていたが、今まで詮索をするのは無駄ということにしておいた。


書評を苦手とする私だが、「ぐたさん」kankanさん」にブックバトンを手渡されたまま放っている心苦しさも手伝って(笑)、なんとか一つだけでもと重い腰をあげながら、ふと考えた。

私のこの記憶を書いてみるのはどうかと。いえ、別に大層なことではないですけど。

今夜はここまでとして、続きは明日か明後日に書かせてもらいます。

肝心の「道頓堀川」について、まだ少しも触れていませんので、そこからですね。

ここ最近の夏バテのせいか、体力が持たなくてすみません。

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 昨晩、とあるサイトへの投稿用に、「夜海」のタイトルでhtmlページを作りました。

表紙の一枚だけですが、とにかく、なんのテクニック的なものも取り入れる間もなく、

投稿するにも、ふと一抹の不安が・・・センスが・・・

こういうことに長けているお方は、きっと沢山いらっしゃるはずだと思い、

いっそのこと、見ていただいて、ご指摘いただければ幸いと。

他力本願な私です。


http://ayuna.michikusa.jp/  ←ここに入っています。

charry2さん

「・・つれづれに・・」  のブログで、日記を綴られています。

ぽそっ・・・ぽそっ・・・と、長々とされていないせいでしょうか、

私には、かえってリアルに声を聞いているような気がしました。

そして、時には詩的でもあり。

でもって、びっくりドンキーを食べ歩きの記録も。

むぅ~、人の日記を覗くのは、どうしてこんなにおもしろいのでしょう。

これからも、よろしくおねがいします。


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